耳ある者どもに不死の門は開かれた

耳ある者どもに不死の門は開かれた

仏教は敬遠されがちかな、と感じることがしばしばあります(^_^;)
仏教は、

 

・言葉が難解
・概念も難解
・欲などを否定する

 

ということで、大変、敷居が高く、しかも人間の営みを真っ向から否定していきますので、敬遠されてしまいがちです。さらには、宗教団体絡みの事件などが起きたりして、イメージも悪くなり、毛嫌いもされがちです。

 

仏教が難解といいますか、難しいのは、これは仕方ありません。ですが、エッセンスそのものはシンプルで分かりやすいものです。ただ、「悟り」とか、「涅槃(ねはん)といったものはどういうもの?」と聞かれれば、文字や言葉で説明できないところがあります。
このため、仏教とは「分かりにくい」という印象があります。

 

実際、核心部分は、体験しないと分からないため、率直にいえば、何かを求めたり、魅力を感じなければ、興味関心が持たれにくい世界なのではないかと思います。

 

実は、仏教の開祖のお釈迦さまですら、自分が悟った方法を、説き明かすことに躊躇したくらいです。

 

お釈迦さまは、悟った後、そのまま涅槃に入り、人間としての生命を終えようとしたと仏伝に記載されています。けれども、梵天(ぼんてん)という神が、お釈迦さまに「どうか、その教法を、人間のために説いてくれませんか」と、「何度も」お願いして、ようやく「わかりました」と納得されています。

 

お釈迦さまが教法を説くのを止めようとした理由は、「微細で難しい」からだといいます。
非常にデリケートで難しい。しかも、人間の大好きな欲などを無くしてしまうアプローチですので、とてもではないが「難しい」と判断されたのは、至極、当然かと思います。

 

今でさえも仏教に対する批判や、毛嫌いを示される方もいらっしゃるほどです。ですので、仏教、ことに原始仏教となりますと、多少、肩身の狭い思いをしたりもします。

 

ですが、お釈迦さまは、梵天の懇願を受けて、気持ちを変えて、教法を説くことを決心されました。
このときの有名な言葉が残っています。

 

「耳ある者どもに不死の門は開かれた」