地獄の世界

地獄の世界

今日は原始仏教が説く「地獄」についてお話したいと思います。。。
正直なところ地獄についてお話するのはかなり抵抗感があります。なぜなら大変恐ろしいからです。原始仏教で説かれる地獄はリアルです。空想や妄想の産物ではなく、実際に存在する世界になります。
地獄については、パーリ中部経典「癡慧地経」「天使経」、増支部経典・三集「天使品」、また「スッタニパータ」、あるいはアビダンマッタサンガッハなどに詳しく書いてあります。

 

 

●八大地獄

 

地獄は八つの世界に分かれていて、これを「八大地獄(はちだいじごく)」といいます。アビダンマッタサンガッハは八大地獄のポイントを示してを簡潔にまとめています。
地獄に墜ちると、何十億年という間、ひたすら「苦痛」だけを感じるといいます。快楽はなく、ただ苦しい・苦しいという想像を絶する苦痛が、何億年、何十億年と続くといいます。地獄には獄卒(ごくそつ)がいて、地獄の亡者達に苦しみの限りを与え続けるといいます。迷信や空想の産物に思われがちなのですが、リアルな世界の話しになります。

 

八大地獄そのそれぞれは巨大な空間で四隅に門があるといいます。獄卒がいて地獄の亡者を追い回します。亡者は逃げようとしますが、門の壁には巨大な炎が立ち上がり逃げることはできず、しかも上空からも炎が降ってきて焼かれるといいます。しかしそれでも死ぬことはできず、またよみがえり、寿命(業)が尽きるまで地獄の苦しみがずっと続くといいます。

 

経典には「悪い行い(業)が尽きるまでは死ぬことができません」と繰り返し書いてあります。何億、数十億年これが続くようです・・・。
そしてこの八大地獄とは、

 

1,蘇生地獄(等活地獄)
獄卒に無理やり、灼熱の鉄板の上に寝かされて、しかも体をミンチのように切断され激痛に襲われて意識を失い死んだと思っても、間もなくよみがえり、これが延々と続く地獄です。

 

2.黒縄地獄
鉄の縄、固いワイヤーで、獄卒に切り刻まれる地獄です。

 

3.圧縮地獄
獄卒に追われて逃げるも、紅蓮の炎の山に行き当たり、しかもその山々が迫ってきて潰されてしまう地獄。

 

4.叫喚地獄
苦痛で泣き叫びが絶え間なく響く地獄

 

5.大叫喚地獄
より苦痛で激しく泣き叫びが絶え間なく響く地獄

 

6.焦熱地獄
灼熱に焦がされて苦しみ続ける地獄

 

7.大焦熱地獄
より強い灼熱に焦がされて苦しみ続ける地獄

 

8.無間地獄(阿鼻地獄)
苦しみが病むことがなく延々と激痛や苦しみに襲われ続ける地獄で最も苦しい地獄。

 

以上が八大地獄の概要です。

 

 

●5つの小地獄(八大地獄のそれぞれに隣接する地獄)

 

ところが、八大地獄のそれぞれにの世界には、さらに5つの小世界があるといいます。
それは

 

1.大糞地獄
体中を食らい尽くすウジが生息する世界。ここに墜ちると体が食い尽くされる。

 

2.熱灰地獄
灼熱の灰の地獄

 

3.有刺樹林地獄
炎で燃えさかるシンバラという刺のある森林地帯。串刺しになる。

 

4.剣葉地獄
刀剣の森で、木の葉が全て剣であり、体に当たって微塵切りになってしまう地獄。

 

5.灰汁地獄
腐敗液に満ちた世界で、ここに墜ちて苦しむ世界。

 

大地獄である八大地獄での寿命が尽きた後に、これら5つの小地獄に転生するといいます。いわば地獄巡りを続けるようです。
※参考文献:パーリ中部経典「天使経」、増支部経典・三集「天使品」

 

 

●その他の地獄

 

八大地獄と小地獄は代表的な地獄のようでもあり、これら以外にも地獄があります。たとえば「歌舞伎聚楽主」で説かれた芸人が行く「喜笑地獄」というのもあります。

 

また最も古い経典の「スッタ・ニパータ」では、コーカーリヤという出家修行者がサーリプッタやモッガラーナを根拠も無くやたらと批難していた罪で地獄に墜ちたことが書いてあります。

 

出家修行者でも地獄に墜ちる訓戒となる話しなのですが、ここには、

 

アッブダ地獄
ニラッブダ地獄
アババ地獄
アハハ地獄
アタタ地獄
クムダ(黄蓮)地獄
ソーガンディカ(白色の睡蓮)地獄
ウッパラカ(青蓮)地獄
プンダリーカ(白蓮)地獄
パドゥマ(紅蓮)地獄

 

があることが書いてあります。

 

 

気が滅入りそうな地獄の世界ですが、お釈迦さまは「地獄だけには墜ちてはならない」と説かれます。

 

地獄に行く行為とは、これも経典で散々と言われています。

 

「悪しき考えを抱き、悪しき言葉をしゃべり、悪しき行いをした後、死んで肉体が滅んだ後、落ち行く先である」

 

つまり、身口意の三業(しんくい-の-さんごう)が汚れた行為を続けていると地獄へ行くようです。
五戒や十善戒と正反対の行いをするとよろしくないようです。

 

決して恐怖心を煽るわけではありませんが、善き生命であり続けるために、五戒や十善戒は守って、世間や他人に施しの実践はされるほうがよろしいかと思います。