仏教は現在形の実践

仏教は

心を浄める

教えであり、目標であります。

ですが、こう言いますと

「いや、仏教は悟りを目指すものではありませんか?」

という疑問も出てきそうです。

そうです、理屈の上では、悟りを得るのも目標になります。
ですが、実践仏教の立場でいえば、悟りは目指すものではないようです。

ここはパラドックスになる部分です。
A+B=C とならない部分のようです。

実践上では、悟りは目指さないで、「心を浄める」という現在形の連続になるようです。

ちなみに、仏教における実践ではほとんどが「現在形」になるようです。

「現在形」とは、「未来」に何かを期待したり、「過去」のことを操作したりしないで、ただ現在において何を行うか、ということです。

この現在形のもっとも代表的なのが「あるがままに」という実践になってきます。
いわゆる「気付き」です。
「今起きていることに気付いていく」という実践です。

「涅槃を目指す」となると未来形になってきますので、こういうアプローチは厳密には違ってくるようです。

これは、近代の大阿羅漢と言われたアーチャンチャーがおっしゃっていることが元になっています。

仏教における実践上の特徴ですね。
一種のパラドックスに感じる部分です。

ここまでを整理しますと、仏教は

・心を浄める
・現在形の実践

となるかと思います。