悪事はいつの時代でも「窃盗」からはじまる【長部経典26「転輪聖王修行経」】

悪事はいつの時代でも「窃盗」からはじまる

この前は、原始仏典に伝わる「天地創造」と「人類誕生」の話しを紹介しました。で、これと関連するのが「人類の堕落」の歴史です。
アヌンナキ説とは異なる人類誕生と天地創造を伝える長部経典27「起源経」

原始仏典には、人類が堕落していく話しがいくつか伝承されています。

で、興味深いのが、長部経典26「転輪聖王修行経」。
このお経には、人類が堕落するきっかけは「経済的な貧困」に端を発した「窃盗」と伝えています。
 
天災や政治主導のミスによる貧困が原因で「窃盗」が生じる。で、盗んだ者を罰するために処刑(殺生)をする。で、盗みをはたらいた者は、バレないようとして「嘘」をつく。
 
こうして世界中に悪事が広まり、悪口などの悪行為もひろまって、人類は堕落していく。

これが原始仏典に伝わる、いつの時代でも起きるパターンとして描かれています。

経済的な問題が悪事をはびこらせる最たる原因

精神性がどうのこうのとか、煩悩がどうのこうのとかではなく、それ以前に実にリアルな出来事としての「貧困」。

これこそが悪事悪心を生み出す最たる原因。現実の生活が、悪心を生み出す原因となっていることを、原始仏教は伝えています。
 
仏教といえば、どこか精神至上主義的に受け止められることもありますが、事実は違うんですね。

そもそも仏教では、インドに生まれた出家文化に沿って展開しただけですからね。
 
本当は、現実の生活の適切さが求められています。

事実、在家のシンガーラという青年に対して、ブッダは、お金持ちになる方法、生活が安定する秘訣、処世術を説いていたくらいです。
 
こうしたブッダの教説をみていますと、精神的にも物質的にも安定した生活を推奨していたことがわかります。で、そのためにも国がしっかりしていただく必要があるってことになります。

精神至上主義的な仏教のイメージは誤り

仏教に対して、意外と間違ったイメージが持たれているなあとよく思います。

が、人類に登場した最初の罪が、経済的理由による「貧困」が原因だったことを知れば、精神至上主義であることは、偏った様であることもわかってくるんじゃないかと思います。

また政治に無関心過ぎるというのは、よろしくないような。
 
と書きながらも、私も長い間、精神至上主義だった時代が長かったため、自分の体験からも強く言いたくなります。

財務省の緊縮財政は巨悪

で、日本では、財務省の間違った財政政策のために、緊縮財政が続き、デフレ。この20年間で所得は下がる一方。先進国の中でも日本の経済成長率は最下位。もはや発展途上国です。
 
で、デフレになり、貧困になりますと、人々の心も荒んでいきます。日本人なので暴動も起きず、モラルも守られていますが、財務省を中心とした政府の愚策は人心に多大なダメージを及ぼしていますね。
 
原始仏典からも「デフレは悪」と言い切ることができます。反対にデフレを解消して、日本が豊かになることは「善いことである」とも言い切れますね。
 
と、そんなことを思いながら、善い社会になって欲しいと思います。