インドの仏教史~変容していく原始仏教

インドの仏教史~変容していく原始仏教

仏教史についてお話したいと思います。仏教史。歴史ですね。しかも今日はインドの仏教史についてです。

そもそも仏教史を押さえておかないと、仏教を正しく理解することはまずできません。なぜなら同じ「仏教」といっても、実は違うからです。

が、「違いがある」といいえますと、「それは流派みたいなものでしょ」と思われる方がいらっしゃいますが、それは違うんですね。

仏教は、時代とともに中身が変わっていきました。

「中身が変わっていった」といえば「それは時代に合わせて変わっていったのでしょ」と思われる向きもあるかもしれません。が、それも違います。

仏教は、歴史が進むにつれて、その中身が変わっていきました。大雑把に言えば、

原始仏教 ⇒ 部派仏教 ⇒ 初期大乗 ⇒ 中期大乗 ⇒ 後期大乗 ⇒ インドではほとんど消滅

といった歴史をたどっていっています。

インド仏教史を理解する上での注意点

結論を先にいっていましますと、お釈迦さまがお説きになった仏教(原始仏教)は、時代とともに変容しています。ただし、理解する上で注意点があります。それは後述しますが、先にポイントをいいますと

  • インド仏教の主流は、滅亡するまで原始仏教(部派仏教)が主流だった
  • インド大乗仏教の主流派は、原始仏教とほとんど同じだった(中観派と瑜伽・唯識派)
  • インド大乗仏教の亜流には、仏教もどきがあった(中観派と瑜伽・唯識派以外の仏教、密教)
ということになります。

変遷する原始仏教

インドにおける仏教は、こちらでもご説明した通りでして、下記のような歴史をたどっています。

◆原始仏教(根本仏教)・・・紀元前4世紀(または5世紀)

スリランカに原始仏教伝来・・・紀元前3世紀

◆部派仏教(アビダルマ)・・・紀元前3世紀頃(仏滅後100年後)

◆初期大乗仏教(中観)・・・紀元前1世紀(仏滅後約300年後)

中国に仏教伝来が始まる・・・1世紀

◆中期大乗仏教(如来蔵・唯識)・・・3世紀(仏滅後約700年後)

中国を経由して日本に仏教伝来・・・6世紀

◆後期大乗仏教(密教)・・・7世紀(仏滅後約1100年後)

◆仏教消滅・・・5世紀からのインドでの仏教弾圧、13世紀のイスラム侵攻により滅亡(仏滅後約1700年後)

このようにに変質しています。

インドでの主流の仏教は最後まで原始仏教(部派仏教)だった

ただし、インド仏教史で注意していただきたいのは、原始仏教が消滅し、部派仏教が登場して消滅し、初期大乗仏教が登場し消滅し・・・といった変遷を遂げているということではないんですね。

原始仏教(部派仏教)の次に、初期大乗仏教が登場し、初期大乗仏教の次に中期大乗仏教が登場し・・・といった具合に、新しいスタイルの仏教が登場し、仏教は複層的になっていったということになります。

で、インドでは、仏教が滅びるまで「原始仏教(部派仏教)」が主流でした。過半数を占めていたほどです。

実際のところ5~7世紀頃の仏教は、

・原始仏教・・・50%
・大乗仏教・・・35%
・原始大乗混合・・・15%

というのが実体でした。

インド仏教の大乗仏教ちは中観派と瑜伽・唯識派

ちなみにインドにおける大乗仏教とは、

・中観派(初期大乗)
・瑜伽・唯識派(中期大乗)

の2つだけになります。

インドの仏教における大乗仏教は、中観派と瑜伽・唯識派の二派だけをいいます。日本の仏教は、大乗仏教ですらありません。「仏教もどき」です。

インド大乗仏教は原始仏教とほとんど同じだった

また中観派と瑜伽・唯識派の大乗仏教は、修行そのものは原始仏教と同じであったことが、上記の3つの手記にあります。

つまり原始仏教も大乗仏教も、四聖諦を実習し、戒律を守っていたというわけです。

原始仏教も、中観派と瑜伽・唯識派の大乗仏教も、修行そのものは、どちらも同じだったようです。

違いは、中観派と瑜伽・唯識派の大乗仏教では、

・菩薩の誓願を立てる
・大乗経典を依経としている

この2つだけが原始仏教と違っていたといいます。

インド仏教の実体は中国人僧侶の手記にある

5世紀~7世紀のインド仏教の実態は、中国人僧侶

・法顕「法顕伝」(5世紀初頭)
・玄奘「大唐西域記」(7世紀)
・義浄「南海寄帰内伝」(7世紀)

の手記にあります。上記のことは、これら3人の僧侶の手記にあります。

インド仏教には仏教もどきも登場する

しかし大乗仏教の時代、仏教の仮面をかぶった「仏教もどき」「エセ仏教」が登場します。

繰り返しにしますが、大乗仏教の中観派と瑜伽・唯識派は、原始仏教とほとんど同じです。

が、インド仏教史で問題になるのは、先述の通りでして、

・大乗仏教時代に登場した「仏教もどき」「エセ仏教」
・密教(後期大乗仏教)

になります。
この2つの大乗仏教こそが、仏教の中身を変えてしまった仏教もどきになります。

日本の仏教は大乗仏教でもない

インド仏教は多彩です。時代とともにまっとうに変容した仏教もあれば、仏教の仮面をかぶった仏教もどきも登場したくらいです。

で、残念なことに、その仏教もどきのほとんどが日本に伝来し、日本の仏教となっていっています。法華経、華厳経、浄土経の数々、密教経典、これらは全て後世作られた「仏教もどき」です。

日本の仏教は大乗仏教といわれていますが、これは誤りです。日本の仏教は大乗仏教でもありません。

このようにインドの仏教は、複雑に変容しています。

勘違いが多いのは、

インドの大乗仏教=日本の大乗仏教

なんですね。しかし、これは間違いです。日本の仏教は大乗仏教ではありません。中観派と瑜伽・唯識派ではありません。

インドの大乗仏教時代に登場した仏教もどき=日本の大乗仏教

これが正しい認識になります。

インド仏教史における転換点は初期大乗の登場

仏教が変容していく中で、ターニングポイントなったのはと「初期大乗」です。中観派というブッダの教えに従った大乗仏教もあるかと思えば、法華経をはじめ数々の仏教もどきが登場しています。

初期大乗の登場は、ごった煮の様相を呈していました。ある意味、衝撃的でもあり、仏教が有象無象の様相を呈し始め、大きく様変わりをする転換点でもあったわけですね。この大乗仏教の登場から仏教は混乱の度も深めていきます。

では、その初期大乗は、どのようにして成立していったのでしょうか。次回、みてまいります。