部派仏教はローカル仏教

さて昨日は、初期大乗仏教の成立に、瞑想で得られる禅定力が関与していた可能性があることを書きました。そして、この禅定力は、原始仏教を二分する原因にもなったと考えています。

ここでもう一度おさらいをしますが、仏教は、

原始仏教 ⇒ 部派仏教 ⇒ 初期大乗 ⇒ 中期大乗 ⇒ 後期大乗 ⇒ インドではほぼ消滅

といった歴史をたどります。
今日、お話しする部分は、「部派仏教」の時代におきた事件です。
昨日は、「初期大乗」の話でしでしたので、歴史をさかのぼっていきます。少し分かりにくいかもしれませんが、また後で整理します。

仏教の中に「部派仏教」というのがあります。これは「アビダルマ仏教」とも呼ばれるものです。部派仏教・アビダルマ仏教とは、一言でザックリといってしまいますと「哲学的なアプローチで仏教を分析・整理する仏教」になります。厳密にいえばちょっと違いますが、わかりやすくいえば、「理屈の仏教」となります。

部派仏教は、約20の分派となり、インド中に広まりました。

この部派仏教の時代、主に

・北部地方・・・説一切有部(せついっさいうぶ)
・西部地方・・・上座部(じょうざぶ)
・南部地方・・・大衆部(たいしゅうぶ)
・中央インド・・・正量部(しょうりょうぶ)
・東部地方・・・いろいろな部派(お釈迦さまが主に活動していた地域)

といったようにインドで分布していました。
当時は、今のように情報の行き来が少なかったようです。また5つの地域では、言語(言葉)も違っていました。現代的な感覚でいえば、それぞれが「外国」ですね。同じインドであっても、言葉が違うため外国のような感じだったのでしょう。

部派仏教とは、情報交換が少ないことが原因で、ローカルな特色を帯びていったのが本当のところになります。決して争って主義主張を言い出したから部派が出来たということではないでしょう。

しかし、お釈迦さまが亡くなって100年くらい経ってきますと、それぞれの地方にある仏教が、微妙に違っていくようになります。

中でも100年くらい経ったときに「根本二大分裂」という事件が起きます。これは、戒律をめぐる議論の末、南部の大衆部が、他の仏教とは違う道を歩み出すことになった事件です。

根本二大分裂によって、仏教がほぼ二分されることになります。

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