梵天という神さま

ここ数日、梵天(ぼんてん)について書いていますが、梵天とは、キリスト教の世界でいいますと、創造主と同じになります。今回は、この梵天(創造主)について書いてみたいと思います。

梵天は、普通の神様とは次元を異にした神さまになることは前回の記事でも説明した通りです。稀に神がかりの状態になる方もいますが、こういうケースは普通の神様とのコンタクトになります。つまり、六欲界(ろくよくかい)という、いわゆる「天上界」「天界」といわれる世界の神さまとのコンタクトになります。

六欲界の神様は、人間界と似ているといいます。ふつーに生活をして、商売をしたり、そんな生活を送っているといいます。しかし、人間とは異なるところがあります。それは、心の振幅が小さいということのようです。

六欲界の神々の場合、簡単に言ってしまいますと、いわゆる「ポジティブシンキング」状態です。プラス思考ですね。いつも明るく、楽しく、ハッピーで、幸せな気分、それが六欲界という世界の神様の心の状態といわれています。

人間と違い、心が変化しにくいのが神さまの特徴です。ですので、ずーっと喜びにあふれていたり、幸せ一杯の状態が続くようです。中には、死ぬまで遊び続ける神さまもいらっしゃるようです。

ですが、神さまといいましても、一面、弱点があります。それは、人間のように大きく心を変化させることができないため、瞑想修行とかは大変らしいです。実は、人間だけが心を大きく変化できる生命であったりします。ですので、神さまの中には、あえて人間に転生してきて、人間となって修行をする方もいらっしゃるようです。

話しを梵天に戻しますが、梵天の神さまは、六欲界の神さまのようにハッピーな状態を超えて、もっと深く静かで統一した心で存在していらっしゃいます。この心の状態は、いわゆる「禅定」という状態です。

心はほとんど動かず、無心か無心に近い状態になり、喜びと快楽と統一感といった状態で静かにたたずんでいる状態です。

また愛に大変あふれて、いわゆる「慈悲」「アガペー」のかたまりの存在が梵天です。「ワンネス」という状態も同じでです。自分と他人との区別がなくなり、一体感だけが存在するマインドです。

生命体としては、最高の存在ですね。

ですが、最高の生命でいらっしゃる梵天でも、勘違い、考え違いをすることがあるようです。仏典には、梵天のこういった側面がいくつか書かれていて、「え?」と思わせます。

梵天は寿命が大変長い方ですので、中には「我は永遠の存在である」「絶対的な存在である」と思っていらっしゃる方もいるようです。ですが、「それは、そなたが長生き過ぎるので、過去世(前世)のことを思い出せなくなっているため勘違いされているのですよ」とお釈迦さまが梵天を諭すシーンが仏典にはあります。

梵天といえども勘違いしされるようですので、もし仮に勘違いされたまま人間界に何らかのメッセージを送られ、これをキャッチされた人間が発言し始めると、やがて世界に混乱も起きてくるかもしれません。

ですが、そういう側面があっても、梵天は立派な心を持たれた方でいらっしゃいます。

そして人間も、梵天の心になれることがあります。それが瞑想です。瞑想をすることで、心が静まり、静寂になり、心の動きがなくなってくると、スーっと入っていくことがあります。いわゆる「禅」「ジャーナ」「定」と呼ばれる状態です。「禅定」という状態です。

人間が、禅定に入ることができるのは大変ラッキーなことです。六欲界の神々でも難しいとされる心に人間が到達できるというのも、実は人間という生命の「特権」であったりします。

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