カルマ・悪因縁を切る教えはジャイナ教がルーツ

カルマ・悪因縁を切る教えはジャイナ教がルーツ

無闇に前世に原因を求める姿勢が何故よろしくないかといいますと、お釈迦さまが実はそうおっしゃっているからです。

 

仏教が誕生する少し前に、インドにはジャイナ教という宗教が誕生しました。ジャイナ教は、マハーヴィラという人がはじめた宗教です。苦行を推奨する宗教です。

 

ジャイナ教では、生命は業(カルマ)が原動力となって輪廻転生をしているとみなして、カルマを断ちきることで解脱できると説きます。そしてカルマを断つために苦行を行います。苦行と瞑想修行によって、カルマを構成している物質を滅ぼして、カルマから解放されて解脱するという教えです。

 

ジャイナ教では、業(カルマ)を掘りさげて、運命を拘束するエネルギー(物質)としてとらえました。このジャイナ教が提唱するカルマの概念は、近年、日本の宗教等でも提唱されるカルマの概念に大変よく似ています。

 

ジャイナ教では、魂にカルマが物質として付着しているため、魂が不自由となり、カルマの拘束を受けて輪廻転生すると考えます。しかし苦行を行い、あわせて苦行に耐えられる心身となるためにチャクラやクンダリーニを開発し、カルマを魂から取り除こうとします。

 

ジャイナ教は苦行を推奨し、中でも餓死を最高に尊びます。餓死こそ名誉ある生き方であるとします。大変ストイックといいますか、異様な宗教観があるのですが、熱心に苦行に励む修行者もいました。現在でもジャイナ教はインドでも信仰者の多い宗教です。

 

ですがお釈迦さまは、ジャイナ教の実践法に欠陥があると指摘します。お釈迦さまは人達にこう言います。

 

「あなた方は、苦の原因をカルマといいますが、そのカルマを見たことがあるのですか?」
「いいえ」
「全く見たことが無いのに、どうして苦の原因(カルマ)を無くすことができるのですか?」
「(一同沈黙)」

 

見たことも無ければ確かめたことも無い前世のカルマを。どうして滅ぼすことができるのですか?と素朴に疑問を投げかけています。当時、宗教は全て「体験主義」でありました。当時の宗教は、現代の宗教とは違って、全て「瞑想体験」が根底にあり、直接体験しているものでした。

 

しかし、その体験が中途半端であったり、錯覚・勘違いであったりもします。お釈迦さまが当時、批判した宗教も、瞑想体験の稚拙さ、体験から得られたことへの解釈の誤りに対してでした。

 

このことは案外知られていないことですが、当時の宗教界は、ほぼ全てが「体験」に基づくものでした。

 

こちらにも書きましたが、仏教は哲学ではありません。体験や結果が先にあって、それを言語化したものになります。

 

ですので、体験を伴わない概念や思想というものは、「妄想」「想像」の類として扱われます。さしずめ現代の宗教の多くは「妄想」として一刀両断され、お釈迦さまが現代にいらっしゃたなら、まったく相手にもしないでしょう。

 

小説という虚構の世界で、リアルな真理を探していることと似ています。滑稽な姿にも映るのでしょう。

 

お釈迦さまの上記の発言の背景には、体験を伴わない取り組みへのいかがわしさへの指摘があります。想像で前世のカルマを想定し、想像の産物を取り除こうとしているのではありませんか?と指摘しています。

 

ごもっともだと思います。