仏教

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仏教の変容

さて、少し話しは変わって仏教史についてお話したいと思います。
仏教史。歴史ですね。

 

仏教史を押さえておかないと、仏教を正しく理解することはまずできないと思います。
「仏教」といいましても、実は、違いがあります。違いがあるといいえますと、「それは流派みたいなものでしょ」と思われる方がいらっしゃいますが、それはちょっと違います。

 

仏教は、時代とともに中身が変わっていきました。
中身が変わっていったといえば「それは時代に合わせて変わっていったのでしょ」と思われる向きもあるかもしれませんが、それも違います。

 

仏教は、歴史が進むにつれて、その中身が変わっていきました。大雑把に言えば、
原始仏教 ⇒ 部派仏教 ⇒ 初期大乗 ⇒ 中期大乗 ⇒ 後期大乗 ⇒ インドではほとんど失われる

 

といった歴史をたどり、中身も少しずつ変わっていきます。
結論を先にいっていましますと、最初に提唱した方の志は、お釈迦さまと同じであったケースもあろうと推測できますが、後世になってから変容していったと考えられます。

 

仏教が変容していく中で、特に、ターニングポイントなった点は、「部派仏教」と「初期大乗」です。
殊に、初期大乗の成立は、衝撃的でもあり、仏教が大きく様変わりをすることにもなりました。
この大乗仏教から仏教は変容していき、混乱の度も深めていきます。

 

では、初期大乗は、どのようにして成立していったのでしょうか。

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2012/05/09


初期大乗の成立と禅定力

さて続きになりますが、初期大乗が成立した理由として一般的には、

 

・部派仏教における大衆部の反発
・部派仏教へのアンチテーゼ(反発)
・正式ではない僧侶(ニセ僧侶)がが紛れ込んできた
・在家による仏教運動

 

と考えられています。大体、この辺りが理由で、初期大乗は誕生したと考えられています。
複数の要因が絡んで初期大乗という運動が起きてきたのが本当のところだと思います。
「ズバリこれ」という理由ではなく、複合して、しかもインドの各地で勃興した潮流だったと思われます。

 

ところで、初期大乗の仏典を見ていきますと、その荒唐無稽性(失礼)に度肝を抜かされることも多くなります。お釈迦さまは超人的存在となり、人間離れもしてきます。SF的な話しも多くなり、とてもではありませんが実際にあった話しには思えなくなってきます。

 

もちろん原始仏典にも理解しがたい話しもあることも事実です。けれども原始仏典におけるSFっぽい話しはそれほど多くはありません。

 

初期大乗の時代になりますと、SF並の話しが多くなるわけですね。
これらは妄想の類なのでしょうか。
私はわかりません。

 

ですが、初期大乗が成立した背景に「禅定力」があるとする説があるようです。

 

禅定力。
深い瞑想状態で得られる神通の力のことです。
禅定という状態になりますと、実に不思議な能力を発揮する方が出てきます。神々と交信をされたり、テレパシーのような能力が出てきたりと、いわゆる超能力的なことが起きてくるようです。

 

中には、別の銀河系宇宙の様子まで分かってしまう力を持った方もいらっしゃるようです。

 

実際、初期大乗をはじめ、大乗仏典の多くは、当時、禅定力に優れた方々が垣間見た「別の宇宙にいらっしゃった仏陀」の話しという説があります。
別の宇宙にいらっしゃった仏陀を、強い禅定力で見てきたというのです。

 

この銀河系以外の宇宙で起きた「ブッダ物語」ということです。
初期大乗経典に「他方の仏土」とありますが、この「他方の仏土」が別の銀河系宇宙であると。
観世音菩薩(観音様)も「他方の仏土より来る」とありますね。
一般的には、西アジアで信仰されていた神を仏教が輸入したと考えられていますが、本当は「別の宇宙(他方の仏土)」という意味であると。

 

「まさか?」と思われるかもしれません。

 

いや、その「まさか」でして、禅定力で垣間見る世界の話しは、通常の人間の認識力や概念をはるかに超えています。にわかに信じがたいものがあります。
実際、禅定力を持った方々のお話を聞きますと、「???」と頭の中にはてなマークがポコポコと出てきて、理解不能になります。「妄想?」と思ったりもします。いや本当かもしれません。
私には判断できないため、判断を棚上げしています。実に不思議な世界でもあります。

 

禅定力で世界を見始めると、常識や通常の人間の感性でとても理解のできない世界があることが分かってくるようです。

 

話しを戻しまして、初期大乗は、こうした禅定力に優れた方々によって作られたものではないかとする説もあるということです。

 

原始仏典にもSFっぽい話しはいくつかあります。たとえば増支部経典というのがあり、このお経の中に「ブッダの声は三千世界(銀河系)、その気になればもっと多くの世界まで声を届けることができる」といったことが書き残されています。またブッダは、一つの世界に一人しか誕生しないともあります。ほかにもあります。

 

こういう話は本当かどうか分かりません。しかし原始仏典にも残されているということですね。私は、これらのエピソードは本当の話しであろうと理解しています。禅定力(神通力)で垣間見た様子ではないかと推測します。

 

ですので、禅定力を背景にして、初期大乗が生まれたという説、これはあながち滅茶苦茶ではないと思っています。それどころか、大いに関与していると考えています。初期大乗は、禅定力が根底に強くあるとさえ思っています。

 

初期大乗が誕生する以前にも、仏教教団は二大分裂を引き起こしているケースがあります。「根本二大分裂」といわれる事件ですね。仏教史では有名な出来事であり事件です。

 

この根本二大分裂の歴史を追っていきますと、意外なことに気付かされます。
それは、禅定力が原因で(と推測できる)、教団内に混乱が起きたと思われる節がある点です。このことはあまり知られていないと思いますし、指摘もされていません。

 

しかしパーリの経典群の中には、驚くような記録書があり、これを読んでいますと、「なーるほど」と思えてきます。

 

初期大乗が成立した根底に禅定力があるとする理由は、根本二大分裂の事件の辺りから見いだせると思っています。

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2012/05/09


部派仏教はローカル仏教

さて昨日は、初期大乗仏教の成立に、瞑想で得られる禅定力が関与していた可能性があることを書きました。そして、この禅定力は、原始仏教を二分する原因にもなったと考えています。

 

ここでもう一度おさらいをしますが、仏教は、

 

原始仏教 ⇒ 部派仏教 ⇒ 初期大乗 ⇒ 中期大乗 ⇒ 後期大乗 ⇒ インドではほぼ消滅

 

といった歴史をたどります。
今日、お話しする部分は、「部派仏教」の時代におきた事件です。
昨日は、「初期大乗」の話でしでしたので、歴史をさかのぼっていきます。少し分かりにくいかもしれませんが、また後で整理します。

 

仏教の中に「部派仏教」というのがあります。これは「アビダルマ仏教」とも呼ばれるものです。部派仏教・アビダルマ仏教とは、一言でザックリといってしまいますと「哲学的なアプローチで仏教を分析・整理する仏教」になります。厳密にいえばちょっと違いますが、わかりやすくいえば、「理屈の仏教」となります。

 

部派仏教は、約20の分派となり、インド中に広まりました。

 

この部派仏教の時代、主に

 

・北部地方・・・説一切有部(せついっさいうぶ)
・西部地方・・・上座部(じょうざぶ)
・南部地方・・・大衆部(たいしゅうぶ)
・中央インド・・・正量部(しょうりょうぶ)
・東部地方・・・いろいろな部派(お釈迦さまが主に活動していた地域)

 

といったようにインドで分布していました。
当時は、今のように情報の行き来が少なかったようです。また5つの地域では、言語(言葉)も違っていました。現代的な感覚でいえば、それぞれが「外国」ですね。同じインドであっても、言葉が違うため外国のような感じだったのでしょう。

 

部派仏教とは、情報交換が少ないことが原因で、ローカルな特色を帯びていったのが本当のところになります。決して争って主義主張を言い出したから部派が出来たということではないでしょう。

 

しかし、お釈迦さまが亡くなって100年くらい経ってきますと、それぞれの地方にある仏教が、微妙に違っていくようになります。

 

中でも100年くらい経ったときに「根本二大分裂」という事件が起きます。これは、戒律をめぐる議論の末、南部の大衆部が、他の仏教とは違う道を歩み出すことになった事件です。

 

根本二大分裂によって、仏教がほぼ二分されることになります。

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2012/05/10


根本二大分裂とその後

お釈迦さまが亡くなって100年くらい経ったとき起きた「根本二大分裂」は、南部の大衆部による分派活動とされています。

 

部派仏教は、元々、ローカルな仏教で微妙な違いがあったものの、南部の大衆部が異議を唱えたことで、根本二大分裂という事件となり、事実上の分裂が起きてしまいました。

 

根本二大分裂のその後、

 

・北部・西部・東部・中央部・・・上座部
・南部・・・大衆部

 

という構図になってしまいます。
この分派は、お釈迦さま亡き後、100年くらい経ってから起きた出来事です。

 

そして、その後、上座部と大衆部は、それぞれ個性的な道を歩み出すようになります。上座部は、哲学的なプローチをますます深め、論書(アビダルマ)という仏教の分析をどんどん深めていきます。

 

上座部系の部派仏教では、仏陀が説いたことを精力的に分析・整理し、そこからさらに見解を深めて、森羅万象の存在原理まで追及するようになります。

 

哲学色を帯びた仏教となっていき、いわば「左脳の仏教」となっていきました。
これはインド人の気質によるところがあるかもしれません。インドの哲学は、ウパニシャッドに見られるように精緻で膨大です。「仏教の左脳化」は、インド人ならではの変遷であろうかと思われます。

 

やがてお釈迦さまが亡くなって200年くらい経つと、各地方での仏教に随分と違いも見られるようになります。このことに気が付いた方々も出てきたのでしょう。やがてて「おいおい、これは大変だ」ということになり、全インドの長老らが集まり、仏教の統一化を行います。

 

これが「第三結集(だいさん-けつじゅう)」という集まりです。

 

この第三結集のときの議事録が残っています。記録書ですね。
その議事録が「論事(ろんじ)」という書になります。

 

そして「論事」を見ていきますと、誠に驚かされます。
その、「論事」の驚くべき内容とは?
続きはまた次回に書きます。

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2012/05/10


論事〜部派仏教の検証議事録

さて、「論事(ろんじ)」です。

 

論事は、お釈迦さまが亡くなって200年くらい経ってから作られたことは前のブログに書いた通りです。第三結集という、全インドの長老が集まり、各部派の考え方を検証し整備した議事録です。論事に列挙されている項目は、「誤った見解」として記録されています。

 

つまり、論事は「当時の誤った(誤っていると判断された)仏教の見解集」ということになります。

 

しかしこの論事、大変難しい内容です。
理解できない内容も多い書です。

 

ですが凡人でも理解できそうなものもあります。
たとえば、次のような見解です。

 

・仏陀に智慧が無い者がいる。
・一切の業は決定している。
・生まれながらの仏陀がいる。
・母胎にいる間に仏陀となる者がいる。
・仏陀の排泄物は、他の香りに優る。(2)

 

こういったのがあります。これらは、凡人でも「なんとなく間違っていそうだ」というのが分かります。しかし「仏陀の排泄物は、他の香りに優る」という見解が、なんと2つの部派仏教で信じられていたといいます。

 

「2つの部派で?ん?」と素朴に思ってしまいます。
単なる錯誤ではなく、「もっと他に何か、そう理解する理由があるのではないか?」と思ったりもします。

 

さらに見てまいりましょう。

 

・仏陀は、人間界にいると言ってはならない。
・仏陀によって、ダンマが説かれたとは言ってはならない。

 

!?
どういう状況を前提に言っているのかが分からないのですが、どうして、こういうような見解が出てくるのでしょうか?

 

もっと見ていきます。

 

・正語、正業、正命は色(物質)である。(3)

 

なんと八正道における、「正しい言葉」「正しい行い」「正しい生活」が「物質」であるとみなす見解です。しかも、三つの部派が、このように述べています。

 

「なんだこれは・・・?」と思います。
「物質???」。
理解に苦しみます。

 

注目する点は内容もさることながら、「部派」という共同体の中で、共有されていた見解ということです。しかもそれが、情報交換の少なかった当時、三つの部派で同じように認識されていたとう事実です。

 

何故、こういう不思議な見解が出てきたのでしょうか。

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2012/05/10


論事〜左脳が解釈ミスした見解集?

論事には、このように「どうして、そういう見解になったのか?」と謎めいたものが多くあります。もちろん、その項目も難解なものも少なくありません。

 

しかし、「正語、正業、正命は色(物質)である」とする考えを、情報の行き来が乏しかった当時、3つの部派で信じられ、しかも共有されたいたということは驚嘆します。

 

宇宙人に遭遇した話しを、別々の地域で、同じようなことが言われ信じられている、そんな感覚に近いと思います。

 

私は、この論事でピックアップされた事項は、単なる理解不足や錯誤ではなく、もっと深い、何らかの事実に基づくものがあると思います。

 

それが「瞑想の禅定よってキャッチされたことではないか」ということです。

 

瞑想の禅定よってキャッチしたことを、「脳で適切に翻訳(解釈)できなかったもの」ではないかと考えています。

 

適切な言語化・認識化・観念化ができなかったことということです。

 

こういったことは往々にしてありがちです。分かりやすい例でいいますと、霊能者がそうです。

 

霊能者は、何かをキャッチしますが、それを左脳で解釈する際、錯覚して誤るときがあります。何かをキャッチしているのですが、その解釈や翻訳にミスをするということです。

 

占いも似ています。脳で翻訳・解釈する際にミスを起こす。それが、仏教の世界でも起きて、論事に記されたのではないかと思います。

 

もちろん論事に関する、この考えに学問的な根拠や理由はありません。私の推測です、

 

しかし文脈から、以上のように考えます。
禅定力などで見てきた・キャッチしたことを、適切に表現できなかったり、観念化などできなかったことではないかと思います。

 

そう考えないと、あまりにも稚拙である上、荒唐無稽過ぎるとしか思えなくなるからです。
深い瞑想状態によって知り得たことの是非を議論した結果が、論事として残ったのではないかということです。

 

挙げられている事項も摩訶不思議なことが多く、凡人には理解できない内容なのは、禅定力によって認識したことだからだと考えます。単なる勘違いや錯誤が、共有されるのは理解に苦しみます。

 

そして論事が、瞑想体験から得られた見解を是々非々した議事録であることは、次の内容からその可能性を見出します。

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2012/05/10


論事〜禅定体験による見解

「論事」という書は、仏教の見解を統一化させるために、お釈迦さまが亡くなってから約200年後に記された議事録のようなものです。

 

しかし論事は、思惟や論理によって導かれた思想を検証したものではなく、瞑想体験から得られた見解についての是々非々であろうと考えられます。

 

なぜなら、論事には、禅定に関する記述もあるからです。
たとえば次のような項目です。

 

・超越禅あり。
・中間禅あり。
・神通力を持った者は一劫の間存在する。
・禅定は過去未来を有する。
・死から生に移る「中間的な存在」がある。
・地獄には獄卒(亡者を責める者)はいない。
・天界に動物がいる。

 

このように、禅定に関する言及、また地獄や天界に関する項目があります。
これらは部派仏教でも瞑想が盛んで、それに通達した方々も多かったことを彷彿とさせます。ちなみに人間界以外の世界を見聞するには、神通力が必要です。神通力が得られるためには、禅定は必要になります。

 

それから超越禅とか中間禅がどういうものか分かりませんが、禅に関する専門的な見解が出ているところから見れば、当時、熱心に禅定を得る瞑想をしていたことが分かります。当時も、お釈迦さまの時代と同じように修行していたことが想像できます。

 

論事は、禅定体験に基づく見解を是々非々した議事録だと考えます。

 

論事に記された事項は、すべて「誤り」として退けられました。
あるいは「正当とはみなせない」といったところでしょう。

 

しかし、ここで紹介したのは極一部です。他にもまだまだあります。しかも難解です。

 

摩訶不思議な内容の論事ですが、結局、論事で誤りとされたものを整理しますと

 

1.事実と異なる、錯誤・誤解による見解
2.事実に基づいても「解釈を誤った見解」
3.事実に基づき解釈も正しくても、伝統的な仏教の立場から「認めることができない見解」

 

この3つになると思われます。
しかし、ほとんどが禅定体験から得られた見解でしょう。もちろん、考えたり推論した見解もあるかもしれませんが、仏教修行を踏まえると、考えたことや推論よりも、瞑想体験から得られる見解であろうと思われます。

 

ですが、どれが「誤り」で、「解釈を誤った」もので、どれが「事実だけれども排除された見解」なのか、凡人には分かりません。

 

けれども、その後の歴史において、頑なに信じられたり、広まっていったものは、もしかすると「本当のこと」かもしれません。

 

論事には、当時は排除された見解の中に、もしかすると「正しい(事実である)」とできる見解もありそうです。

 

そう思わせる項目があります。しかも論事に書かれていることで、もっとも驚く事項です。
それは・・・

 

続きは、次の記事で書きます。

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2012/05/10


十方諸仏〜論事に登場した宇宙的仏陀観

論事にある、驚くべきこととは、

 

・十方に諸仏がいる。

 

これです。

 

いわゆる「十方諸仏(じっぽうしょぶつ)」です。
初めて目にする方は「何のこと?」と思うかもしれませんが、大乗仏教では重要な思想になってきます。

 

十方とは、十方世界のことで、全世界、つまり「全宇宙」のことです。そうして、「十方諸仏」とは、「全宇宙には数多くの仏陀がいる」ということです。いわば「宇宙的仏陀観」です。

 

「宇宙には、多くの仏陀がいる」と聞けば、現代人ならスピリチュアルやその他の思想も知っているので、「はあ、まあ、そういうこともあるでしょうねえ」と考える人もいるでしょう。

 

けれども、原始仏教では、こういう思想はありませんし、お釈迦さまは言及されませんでした。地球の過去において、仏陀がいらっしゃったことは原始仏教でも説明しています。ですが、十方世界という宇宙に数多くの仏陀がいることは、言及されていませんでした。

 

もっとも「一つの世界に、一人の仏陀が現れる」といった言及はあります。もしかすると、お釈迦さまのこの言葉は「一つの銀河には、一人の仏陀が現れる」といったような理解ができて、そうして「十方世界の仏陀」といった発見につながったのかもしれません。

 

「十方諸仏」は、後の初期大乗や、中期大乗、後期大乗という大乗仏教の時代になりますと、「多仏」となり、次から次へと仏陀が登場し、空想のような話しが多くなっていきます。このような展開になったのも「十方諸仏」の思想が根底にあったからです。

 

それくらい「十方諸仏」の思想は影響力があったということです。

 

重要なことは、お釈迦さまがお亡くなりになって、わずか200年の間に、「十方諸仏」のことが、部派仏教の中に既に出ていたということです。

 

しかもお釈迦さまが亡くなって約100年の間に、既に「異説を唱える者あり」という記録も残っています。おそらく、かなり早い段階で、初期大乗に通じる見解をを言い出した方々が出てきたのではないでしょうか。

 

ところで、この「十方諸仏」を提唱したのは、大空派(方等派)といわれる部派です。実は、大空派(方等派)という部派は、後の大乗仏教成立に関わったとされています。

 

「十方諸仏」の見解は、果たして妄想や空想の産物なのでしょうか?
私は違うと思います。

 

禅定に入り、その禅定力で宇宙を垣間見たところ、他の宇宙にも仏陀がいる(いた)ことを知り、そうして「十方に諸仏がいる」と言い出したのではないかと推察しています。

 

なぜなら、論事は、禅定体験者による見解を検証した議事録と考えられるからです。したがって、「十方諸仏」の見解も、禅定体験を経た末に出された考えではないかと推測できます。

 

「十方に諸仏がいる」と言い出した大空派(方等派)は「大衆部」に属する系統になります。大衆部とは、根本二大分裂を起こした部派ですね。分派活動を始めた部派から、このような見解が出てきたということです。ここれは大変、注目に値します。

 

想像になりますが、根本二大分裂は、戒律をめぐる違いで分派だったと、歴史的には解釈されていますが、それ以外にも原因があったのかもしれません。

 

大胆な推理ですが、以上のように考えます。

 

ところで仏教は、こうした禅定を抜きにして考察できない側面があるとも思います。
近代の仏教研究では、こうした部分は「想像の産物」や「創作」として一蹴されやすいのですが、私はそうではないと考えています。

 

そして、論事を見ていきますと、当時の部派仏教の特徴が、別の観点から整理できると思います。従来の仏教史で考えられているのとは違う解釈です。

 

その解釈とは?

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2012/05/11


部派仏教 上座部と大衆部の再考

部派仏教では、上座部と大衆部に二分されていたことは、こちらの記事で説明した通りです。

 

上座部は、禅定力を通して存在の原理を追及し、微細な世界の探求し、これらを言語化・観念化に努めたと思います。分析的・哲学的なアプローチです。もっとも分析的なアプローチは、お釈迦さまが生きておられた時代から、実は推奨され、熱心に行われていました。いわば「正統的なアプローチ」になります。

 

また禅定力に基づく観察瞑想を行い、森羅万象が四元素から成るカラーパで構成され、それが大変なスピードで「生じては滅し、生じては滅し・・・」といった無常を観察していきます。禅定力とヴィパッサナ瞑想により、無常を体験して悟ることは仏教の修行そのものです。

 

この伝統的な瞑想から得られたことを、分析し哲学的にまとめようとしたのでしょう。
ただし分析や哲学的な体系をやりすぎてしまった感があります。そのため浮き世離れし過ぎてしまい、思想体系の構築が目的となってしまった感もあるほどです。

 

これに対して大衆部の中には、宇宙の存在や他の世界、異郷への探索といった「外側」への探求も出てきたのではないでしょうか。

 

分かりやすくいいますと

 

◎上座部
禅定力によって、心や存在原理を探求する「哲学的仏教」 ⇒ 伝統的なアプローチの精鋭化

 

◎大衆部
禅定力によって、宇宙や異世界をも探求する「スピリチュアル仏教」 ⇒ お釈迦様が説かなかったことへの言及

 

こういった特徴があったのではないかと想像します。

 

両者は、どちらも伝統的なアプローチを取りながらも、大衆部は、お釈迦さまが説かなかった真実を「発見」し、それを言い出したのではないでしょうか。

 

ところが、伝統的な上座部は、それを認めることはできなかったのかもしれません。理由は、お釈迦さまへの尊崇から伝統を保つことを重視したことと、仏教の混乱を引き起こす可能性が高いと判断したからでしょう。上座部の判断は、仏教史を見れば正しかったことが分かります。

 

けれども大衆部は、これに納得できず、やがて別の道を歩むようになり、初期大乗へとつながっていったのではないかと。

 

上座部のほうは部派の大勢でもあり、またインド人の哲学好きな気質から、ますます哲学的なアプローチを深め、やがて精密な仏教哲学書も出すようになりました。

 

 

ようやく結論まで来ましたが(こちらより)、仏教の変容の根底には、禅定力があるというのは、こういったことが理由です。元々、禅定力は、「生じては滅する」という無常を悟るために使われていました。

 

この能力が、一方では、存在原理の探索にまで使われ、アビダルマへと変容していきます。
一方では、他の宇宙の仏陀をキャッチし、初期大乗の萌芽へと変容していきます。

 

仏教の歴史において、こういったことが起きていたのではないかと推察します。

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2012/05/11


農地改革による日本仏教の衰退

日本の仏教が堕落している、という指摘を受けて久しいですね。
よく聞きますよね。高額な戒名料を取ったりする「葬式仏教」であるとか、現世利益を実現する「祈祷仏教」であるとか、あるいは観光地化させて、その拝観料で稼ぐ「観光仏教」であるとか。いろいろと揶揄もされています。

 

当初、こういったことを見聞したとき、これは「日本の仏教に携わる人達の精神的な堕落」と思っていました。しかしこれは誤りであることに、やがて知るようになります。

 

端的にいえば、日本の仏教が堕落した最たる原因の一つが、戦後、アメリカGHQが推し進めた「農地改革」です。

 

こういう話しを聞くと「え!?」と驚く方が圧倒的です。
しかし事実は、この通りです。
日本の仏教は、アメリカによって破壊されました、というのは過激な言い方ですが、当たらずとも遠からずなところがあるでしょう。

 

もちろん昔から、堕落した僧侶は時々出てはいました。封建的といえば封建的ですし、これにあぐらをかいての特権階級や利権もあったようです。こういう悪い面もありました。

 

しかし、反面、仏教的な精神や高尚なマインドを持っている人にとってはありがたい仕組みでもありました。高い志を持った人が生きやすい・生活しやすい「仕組み」が、戦前にはまだあったということなのです。

 

 

戦前まであった「寺社と小作人の共存共栄システム」

GHQによる農地改革が導入される前は、日本の仏教寺院は「寺社領(じしゃりょう)」という土地を保有していました。

 

寺社領とは、寺院が自ら開墾した土地や、寄進を受けた土地です。これらの土地には小作人が住まわれて、その代わりに農作物を作り、一部を寺院に提供することをしていました。

 

小作人は、生活できる「家屋」と「仕事」があり、僧侶は「純粋な精神生活」をしながら、食べるための「食料」が最低限、得られていました。

 

いわば、寺院と小作人による共存共栄のシステムです。

 

このシステムの歴史は長く、1300年前の奈良時代にさかのぼります。
日本史を勉強した方はおそらくご存じだと思いますが「墾田永年私財の法」という法制度です。飛鳥時代などでは、全ての土地は国家のものでした。しかし奈良時代に入ってから、土地は国民の財産にできる制度に変わりました。

 

この「墾田永年私財の法」のおかげで、寺院や神社は、自給自足の生活ができるようになります。

 

寺院が保持する「寺社領」という田畑によって、戦前の僧侶や神官らは、最低限、食べることは保証されていました。非生産的な生活を送りながらも、生活基盤は守られていたということです。

 

元々、仏教では「托鉢」をもっぱらとして食べていました。
日本の場合、托鉢の代わりに「寺社領」があったわけですね。

 

 

寺社領で育まれ守られていた仏教の精神

ですので、昔は、仏教寺院がビジネス化に走ることは、仕組み的に起きにくかったわけです。戒名や葬式で儲けたり、祈祷でお金を稼ぐことは、昔はメインにはなり得なかったわけです。

 

祈祷や戒名でお金を頂戴したとしても「まあ、慣習になっていることだし、求められればやりましょうか」といった、オプション的な扱いでした。今のように戒名や祈祷が生活の基盤にはならなかったわけです。

 

もちろん、いつの時代にも仏教精神と反して悪徳に走る人も出てきたことは言うまでもありません。昔もそうです。しかし高尚な志を持った僧侶が生きやすい・生活しやすいシステムが、戦前まではあったということです。そして現代ではほとんど不可能ということです。この違いは非常に大きいでしょう。

 

実際、禅宗の世界には、戦前は、優れた僧侶も数多くいらっしゃいました。
私のブログは原始仏教を扱っていますが、戦前までは日本の仏教界、特に禅宗の世界には、執着を離れて「空」に生きる立派なお坊さんらがいました。

 

しかしこういう生活ができる基盤は、農地改革によって失われてしまったわけです。といいますか、GHQによって、仏教的な生き方は不可能となり、その仕組みも破壊されてしまったわけです。

 

そして日本の仏教が、ますます堕落していったという事実と歴史が作られていったということです。

 

 

高尚な精神生活を過ごすためには社会基盤や制度が必要

歴史を見ていきますと、「土地を私物化できる」ということから、「人間の自由」が誕生しています。先に制度やモノありきです。その後に、自由精神のイデオロギーや思想が定着もしていきます。

 

ですので、「制度によって仏教精神を維持できる」ということは、実は大変重要です。仏教のように精神世界を扱うジャンルでは、ビジネス的な発想や物を中心とした見方や考え方は盲点や死角になりやすい所があります。しかし、高尚な精神活動を続けるためには、また隆盛させるためには、まず制度や環境整備が必要ということです。

 

お釈迦さまが生きていらっしゃった時代ですら、当時は「出家の推奨」「出家を支える社会システム」が存在していました。現在のインドでもそうです。またタイやミャンマーにも出家比丘を支える仕組みや社会的基盤があります。

 

社会的な基盤やインフラがあってこそ、高尚なマインドも実現もしやすくなります。また、高い精神活動が社会に認められやすくなります。高尚な精神活動が定着し、慣習となりますので、奇異さは無くなり、軋轢を生み出すことも少なくなり、健全なかたちで求道的な生活もできるようになります。

 

日本の仏教寺院、または神社もそうですが、奈良時代に作られた「土地の私有制度」が功を奏して、長い間、良い形で「自給自足」を維持できました。

 

 

農地改革によって寺院は煩悩を手放すことができなくなった

ですが、戦後、アメリカのGHQによる農地改革で、寺院が保有する寺社領は、国に安く買い上げられてしまいます。実質的に「没収」です。そうしてそれを小作農に払い下げて、寺院や神社は分断もさせられます。高い精神性を保つ社会基盤の喪失と、共存共栄のシステムの完全なる破壊です。

 

残ったのは檀家制度です。しかしこの檀家制度も最近は、、葬式の形骸化や縮小によって衰退の途をたどっています。寺院がますます困窮し、衰亡するかのようです。

 

このように農地改革によって寺院は大打撃を受けています。
食べるための生活基盤を失いました。
ここから、食べていくために、ビジネスをせざるを得なったということです。

 

葬式(戒名)、祈祷、観光、あるいは不動産業といったビジネスは、戦後、盛んになった仏教のビジネスです。戦前はそれほどメインにはなり得ないものでした。

 

しかし仏教がビジネス化することで、本来手放すはずの「欲望」「煩悩」を手放すことができなくなります。反対に欲望や煩悩といった「三毒」を強めざるを得なくなります。

 

なぜなら現代のビジネスの本質は、欲や不安・怒り、無知といった三毒・煩悩を刺激して行うのが本質だからです。仏教のビジネス化は、仏教の堕落のみならず、即死を意味します。

 

 

共存共栄し幸福になれるシステムを破壊した農地改革

農地改革により、日本の仏教寺院はビジネス化していったわけですが、先述の通り、僧侶達は「手放す生き方」「無執着の生き方」がますます困難になっていきました。

 

そりゃそうでしょう。食べるために何とかせにゃならんわけです。昔のように小作人さんがいて、お米や野菜を提供してくれたのとは違います。黙っていたなら飢え死にしてしまいます。

 

しかし黙っていても食べ物が手に入るということは、真摯な仏教実践者にとって、これ以上、有りがたい仕組みはありません。なぜなら、純粋に精神的な修行も可能だからです。

 

この仕組みを依存とか寄生と揶揄する方もいますが、これは短絡的な物の見方です。
パーリ経典の中部に「施分別経」というのがあり、ここには「清らかな精神を持った者へ供養・布施をするなら功徳は大きい」とあります。

 

これは仏教のご都合主義による教えではなく、清らかな人を助けることは、死後、天界へ転生する善行の一つです。

 

心を鍛え修行し、純粋に清らかな精神生活を送る人と、これを支える人との関係は、まさに「共存共栄」です。お坊さんは悟りを目指して修行し、小作人さんは仕事をしながらお坊さんをも助けることができる。お互いが幸せになれる優れた仕組みです。

 

日本の仏教寺院にも昔は、寺社領という制度によって、共存共栄し、幸福になれるメカニズムがあったわけです。小作人さんは仕事と生活が保障されながら、求道者を助けることができる、そういう互助の仕組みが、しかも自動的に働く仕組みがあったわけです。

 

農地改革は、「共存共栄し幸福になれるシステムを破壊した」とも言う所以です。

 

 

農地改革により新興宗教が盛んになる

仏教が、戒名・葬式・祈祷・観光によってビジネスを展開せざるをえなくなってから、次第に高尚な精神性は失われていきます。先述の通り、三毒という煩悩がビジネスの本質だからです。

 

しかしやがてビジネス特有の「取り引き関係」が、仏教にあっても「おかしくない」といった考え方が蔓延していきます。ついには常識化もしていきました。

 

これが戦後、新興宗教(新新宗教)が急速に拡大した大きな理由だと考えています。
宗教に取り引き関係を持ち込んでいるのは、キリスト教くらいでしょう。「神との契約」とすら言っています。

 

しかし、仏教にには神や仏との「取り引き関係」はありません。仏教は、取り引きや、契約といった関係は無く、むしろこうした取り引き関係や損得勘定の精神を否定し、脱却を説きます。

 

仏教がビジネス化し商売熱心になる風潮が広まって常識化すると、「なあんだ、仏教もホトケさまと約束とかするのね」とか「仏教も商売しないとやっていけないんだなあ。仏教の教えと正反対なことをしてるじゃん。偽善だね」と、勘違いもされてきます。

 

そうすると、既成のお寺や仏教に幻滅し、新興宗教へと人は流れていくことも出てきます。また、取り引き関係を教義に盛り込んだビジネス宗教が登場しても、違和感も抵抗感も抱かずにすんなりを受け入れて、新興宗教の信者にもなってしまいます。

 

戦後の農地改革が、仏教の精神を破壊したと指摘する所以です。

 

これが昔のように「食べるための最低限の生活基盤があればいい」「農作物だけもOK」といった、素朴で守る姿勢だけでも生きてこれた風潮や基盤があったならば、新興宗教が広く蔓延することは起きなかったと思います。

 

GHQによる農地改革は、様々な方面に悪徳を蔓延させたと思います。

 

 

日本の仏教を再興させ活性化させるためには

戦後の寺院歴史を知りますと、本当にお気の毒としか言いようがありません。
戦後の農地改革は、仏教寺院の経営を破壊し、同時に、仏教的精神をも衰退させました。破壊や衰退に加えて、悪徳を蔓延すらさせました。農地改革は、寺院や神社にとって悪法といっていいくらいの政策だったと思います。

 

せめて、寺院の寺社領だけは、農地改革の対象にしないなどの配慮が欲しかったですね。
神社が保有する神田もそうです。神社の田畑も、農地改革で没収されてしまっています。

 

アメリカのGHQが推進した農地改革は、寺院や神社が「生きていく」という基本的な部分を取り壊しました。この結果、寺院や神社が長い間保ち、地域に貢献もできてきた仕組みや機能を失わせてしまいました。しかも仏教特有の精神を歪め、悪徳を広める結果となりました。農地改革は、日本の精神文化にとって、悪法の中の悪法の一つと考えてよいでしょう。

 

テーラワーダ仏教では227の戒律があります。日本でも上座部仏教と同じ戒律を設け、戒壇制度を作ってはどうかという提案もありますが、戒壇の前に、まず日本の仏教が仏教的精神を実践できる制度なり環境整備が必要ではないでしょうか。

 

日本の仏教を再興させて活性化させるためには、まず寺院が仏教的精神で「食べていける」ような制度なり仕組み、社会的な基盤を整えてあげるとか、何らかの新しいやり方を導入する必要があるでしょう。
それが急務です。

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2012/09/29