仏教

心を癒すエントリー一覧

うつ病の原因は心の硬直化

最近では、うつ病は国民病として国も認めています。
三大成人病としての「がん、脳卒中、心臓病」に加えて、「うつ病」が国民病となっています。

 

うつ病。

 

いったんかかると厄介です。
今もうつ病をかかえて悩んでいる方がいらっしゃいます。
ですので、あまりうつ病のことを云々するのは、気を遣います。
本当に大変だと思うからです。

 

しかし、うつ病は治ります。
現代医療でも各種の療法があり、これはこれで有効な側面もあると思いますが、しかし投薬治療は必要最低限が良いのではないかと思うところがあります。

 

なぜなら、うつ病は、心が硬直化することで発症する病気と考えられるからです。
投薬は一時的な対症療法として、できれば心と体をトレーニングすることで改善していったほうが安全であり再発を予防できるのではないかと考えています。

 

うつ病になる原因は、いろいろと言われています。
ストレスが一番多い原因とされています。

 

ですが、ストレスが本当の原因ではないと思っています。
こう言うと、「え?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 

ストレスが原因なのではなく、ストレスによって「心身が硬直化する」ことが本当の原因だと考えます。

 

うつ病の本当の原因は、心身の硬直化です。
特に、心が硬直し、これが長く続くと、高い確率でうつ病になります。
うつ病にならなくても、心身は衰弱していきます。

 

心の硬直は、心が自由に動くことができず、束縛されて、一つのことにとらわれてしまうと起きてしまいます。

 

ストレスを受ける(感じている)状態は、心が嫌がっている状態です。本当は、その状態を避けたいのですが、苦痛と向き合ってウンウンうなっています。これが持続すると心は硬直化し固まっていきます。

 

「悩み」もそうです。うつ病の原因に、長期間、深刻に悩むことが挙げられています。
悩み続けることは、暗い気持ちで一つのことに「とらわれた」状態です。問題に真正面から取り組むことは良いことなのですが、答えが出てこなく、長期間にわたって取り組むと、心は暗い状態のまま硬直化していきます。そして、うつ病となていきます。

 

悩みが原因なのではなく、悩み「続ける」ことで、心が硬直化するからうつ病になると考えます。

 

心と体は密接な関係があります。

 

「硬直」というのは、心にとってネガティブの何ものでもありません。
今は事例として、ストレスや悩みを取り上げましたが、最近流行のポジティブシンキングでもうつ病のような状態を引き起こします。

 

ポジティブシンキングは良いことではありますが、これに執着し硬直化が始まると、ポジティブシンキングでさえで悪影響が出てきます。情緒不安定になったり、一種の神経症状を発症する場合もあります。ポジティブでないものを強く否定したり、ポジティブでないものへの攻撃性も出てきます。

 

ポジティブシンキングはうつ病ではないにしても、心が何かに捕らわれすぎて硬直化すると、おかしくなっていきます。

 

ポジティブシンキングの弊害について言う人は、おそらく少ないかと思います。
しかし、何にせよ、「こだわりすぎ」「執着し過ぎ」「硬直化」は、メンタル的によろしくない状態を引き起こします。

 

それから心が硬直すれば、自ずと体も硬直していきます。
体の硬直が、脳の視床下部にまで及ぶと、ここが硬直し、うつ病を発症するようになります。

 

きっかけは「心の硬直化」です。
ですので、心が硬直することが続きそうな時は、サっと感知して、それを回避する予防策が必要ですね。

 

一番良いのは、瞑想の習慣を身に付けることです。
瞑想には、心を解きほぐし、やわらかくする効能があります。

 

瞑想を行うことで、心が柔軟となり、うつ病が治ったり軽減している事例はいくつかあります。

 

しかし瞑想といいますと、何だか怪しげな雰囲気やイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、本来の瞑想とは、少なくとも原始仏教の瞑想とは、心を柔軟にする方法になります。

 

心がやわらかくなる。

 

瞑想によって心がやわらかく、マイルドになってきます。
こういう心は、やさしく、温かく、うるおいがあって、うつ病とは無縁な状態になっていきます。ストレスも受けにくくなります。

 

もちろん人間ですので、ストレスを感じることはありますが、頻度は減ります。

 

ですので、うつ病の予防や治療には、原始仏教の瞑想が役に立ちます。

 

では、どうすれば心をやわらかくすることができるのか。
その方法の一つが「仏教の瞑想」です。
仏教の瞑想を行うことで、心はやわらかくなっていきます。

続きを読む

2012/05/05


煩悩を無くす〜リラックス

いろいろとブログを書いていますが、
「普段から煩悩を起こさないためにはどうすればいいのですか?」
といった疑問や質問で出てくるかもしれません。

 

こう感じるのは自然ですし、当然でしょう。
でなければ、いたずらに不安や恐怖心を煽ることになってしまいます。

 

お笑い芸人や芸能人の死後とか、偽善者のことなども書いていますが、実は大なり小なり誰でも心当たりのあることです。こういう指摘をされても救いが無ければ、ただ単に恐怖心を募らせるだけですね。

 

日頃から煩悩を出さない方法はあるのでしょうか?
はい、あります。
ご安心ください。
仏教の目的も煩悩を出さないようにすることです。

 

仏教が推奨する方法とは「気付きの瞑想」です。
気付きの瞑想によって、心を清浄に保つことができます。

 

また、日頃から穏やかな心であり続けることですね。
穏やかな心。
怒りや貪り、ボーとすることなく、穏やかで、明るく、明晰な状態ですね。

 

とはいっても、そういう心になる簡単な方法はないですか?
とも聞かれそうです。

 

イイライラしたり、あれが手に入らなくて悔しい、誰々がねたましい、乱暴な言葉を吐く、意地悪をするといった心にならない、簡単な方法はないのでしょうか?

 

実はあります。
非常に簡単な方法があります。

 

それは、「リラックスする」ということです。
言葉を変えれば、落ち着くことです。

 

リラックスすると、心が自ずと穏やかになっていきます。
瞑想をしてもリラックスしますよね。
これと同じです。

 

瞑想しなくても、心身から余分な力を抜いてリラックスすれば、心は静まります。
リラックスし、落ち着きを日々心がけるだけで、毎日の生活は随分と変わります。
即効性があります。

 

そうして、このリラックスし、落ち着いた状態で、気付きの瞑想をすれば瞑想も進みます。

 

実は、リラックスすることは瞑想以前に大切な要因の一つです。

 

リラックスできるだけで、毎日の生活が変わるんですね。
これは本当です。

 

とは言っても、娑婆世界で生きていますので、さまざまなことに会い、心が汚れる時もあります。ブツブツと心のつぶやきが続き、不快なことに心が占有される時も、あります。

 

ですが、基本的にリラックスを心がければ、日々の生活は自ずと穏やかになってきます。

 

リラックスできると、自然と微笑みが出てきます。温かい心になり、うるおいも出てきます。

 

日々、興奮することが多かったり、感情の起伏が大きいとか、粗雑な言動が多いと思われる方は、リラックスを意識してみてください。

 

そうすればだんだんと、心が穏やかになっていきます。
言動も変わってきます。

 

これを知っていると知らないとでは、全然違います。

 

現代社会は、誤った常識が蔓延していて、興奮したり感情を激しくすることが「正しい」と錯誤されている所があります。野球やスポーツを見て、一時的に熱狂するのは、一般生活を送っている我々にとって、特に問題はありませんが、日頃からイライラすることが多かったり、貪欲、興奮気味の方は注意が必要です。毎日の生活が、心に波風が立ち、興奮気味で、熱狂するすることが多いのは、心を汚しやすくなります。

 

ですので、リラックスし微笑みのある穏やかさがおすすめです。そうして心としてはこの状態が「正しい」あり方となります。

 

リラックスした状態とは、煩悩が生じにくい状態でもあります。

 

仏教では五戒とかありますが、リラックスした状態は、まず悪いことはできません。「戒律は守る」という抑圧的な受け止め方ではなく、「状態」として考えてみましょう。
「戒律」という「結果」を目指すのでなく、どうすれば戒律を守ることのできる状態になるのか、と考えていくことです。
そうすると、受け止め方が180度、変わります。
そして「ああ、なあんだ、リラックスできれば、自然とできるなあ」と気付きます。

 

もちろん、リラックスすれば戒律を完璧に守ることができるという意味ではありませんよ。
リラックスすることで、戒律というのが自然とできやすくなるということです。

 

リラックスすることです。
肩の力を抜いてみることです。

 

ほら、気持ちが落ち着いて、良い状態になっていますよね。
自然と微笑みも出てきます。

 

そうそう、リラックスするといって眠くなったら、それはリラックスのし過ぎです。
適度なバランスが必要です。
この辺りは自分の心をよく観察してみてください。
決して緊張し過ぎることなく、適度に力を抜いた状態でチェックしてみましょう。

 

リラックスができると、良い心の状態になります。
存在そのものが「善」という状態ですね。

 

リラックスは瞑想に近い状態なのです。
ですので、日々、落ち着いて微笑みのある状態で生活できると、煩悩が少ない生活にもなり、環境を含めて生活全般がよくなっていきます。

続きを読む

2012/05/25


人間関係をよくする仏教的方法

私は人生相談を時々受けております。
悩みは大体、人間関係、金銭、健康、この3つに集約されてきます。中でも多いのが人間関係です。金銭、仕事にしても人間関係が絡んでいます。家族、結婚も人間関係が絡んでいることが多いものです。

 

ですので人間関係をよくすることができれば、人生の大半以上は幸せを感じるといっても過言ではないと思います。

 

こうした具体的なお話しを数多く聞いておりますと、人間関係の妙味といいますかコツのようなものが見えてきたりします。

 

いくつかポイントがありますが、整理しますと、

 

1.適度な距離感(人間関係にはまりすぎない)
2.相性を考慮する(相性の悪い方とは深入りしない)
3.「バランス感覚」を養い「心のささやき」に気付く

 

この3点に気を留めていけば、人間関係の大半は円滑になると思われます。
実はこの3点、仏教的な教えからの見解でもあります。ちょっと説明したいと思います。

 

 

1.適度な距離感(人間関係にはまりすぎない)

 

まず適度な距離です。友人や人間関係は大切ではありますが、ここに依存し過ぎたり、ハマり込むとトラブルが生じたり、悩みの種となっていくことが多い印象です。

 

適度な距離感があるのが、長期間にわたって友人関係なりを継続できるものと思います。ベッタリな関係ではなく、ほどほどの間柄のほうが、長年連れ添った夫婦でも「空気」のようであり、自然です。

 

「ほどほどの間柄」といっても、それは時間ではありません。「心の距離」ですね。心の距離を適切にすると、品もよくなり、うるわしい感じにもなってまいります。実際、上品な方やマナーやしつけの行き届いている方、教養のある方は、自然とこうした「心の距離感」を保たれます。

 

しかし最近は、マスコミなどの影響もあってか、こういう適度な心の距離感を、「親しみが感じられない」「他人行儀」と勘違いして、教養の無い態度で臨もうとする方が少なくありません。仏教を実践される方は、こうしたぞんざいな態度は控えた方がよろしいでしょう。仏教を実践しなくても、安定した人間関係を保とうとするなら、気を付けた方が良いと思います。

 

基本は、八正道にある通り「正語」「正業」、また十善戒にもある通り、「言葉」と「行為」に注意をすることですね。丁寧な言葉、うるわしい態度です。これが基本になるでしょう。

 

そもそも人間は全員、異なる個性と価値観、人生観も持っています。育ちも違います。こういった違う人間が手をたずさせて心から仲良く・・・というのは理想ではありますが、現実的には絵に描いた餅です。

 

現実は現実です。現実に見合った対処をするのが適切でしょう。
ですから、適度な距離感を保ちながら関係を保つのが、実はもっとも無難で、長期間仲良くできる秘訣であったりします。

 

「心の距離」が近すぎる関係は、壊れやすいものでもあります。
ストーカー行為は、一方的に心の距離を近づけようとするもので、破壊どころか逮捕もされます。バランスを欠いた近すぎる心の距離、殊に一方的な親近感は何かとトラブルを引き起こします。

 

この辺りの妙味はいくつかの見解もあります。離婚しやすい関係、仲違いしやすい関係は、急に親しくなったりする「熱しやすく冷めやすい」関係に多くみられます。面白いことに人間関係占いでも同じようなことが指摘されています。

 

心の距離感がほどよく適切なことは、太古の昔から見抜かれていた叡智なのでしょう。

 

 

2.相性を考慮する(相性の悪い方とは深入りしない)

 

次に相性ですが、現実に相性は存在しています。
人にはそれぞれ、育ち、性格、価値観に違いがあり、相性の合う合わないが出てきます。中には「生理的に受け付けない」というケースもありますね。男女の間で時々聞きます^^;男女だけでなく、同性の間でも相性はあります。

 

仏教のサンガ(教団)でも相性を重視していました。ですので「相性を考慮する」ということは、実に大変重要なことであったりします。相性を無視すると、これまた現実的にトラブルや問題を引き起こしますね。

 

もっとも多少の相性の悪さは克服できますし改善もできます。ここで述べる「相性の悪さ」とは、お互いが成長しあえない(波長が合わない)関係や、生理的に嫌悪感や違和感を覚える関係です。

 

そして相性で問題になりやすいのは「勘違い」です。
実は勘違いして「相性が良い」と思うケースは意外と多くあります。

 

たとえば「あの人と相性が良さそうだ」と思っても、その心を掘りさげていくと、実は相手への尊敬感は無く、ただ単に「物を言いやすい相手」「扱いやすい相手」という場合が意外と多いのですね。

 

この関係は本来、お互い成長しあえない(破壊し合う)関係です。
しかし「いいように扱えそうだ」というエゴを「相性が良い」と錯覚してしまうのです。
実は、こういうケースは案外、多かったりします。
結婚した男女の間にも見られます。

 

ですが結婚した場合、大変な悲劇となることが出てきます。
もしも相手の男性なり女性に暴力性が備わると「ドメスティック・バイオレンス」にまで発展してしまいます。

 

これは深刻な問題です。DVは昔からありますが、昔は理不尽な結婚や、離婚しにくいためDVが横行していた様子もうかがえます。ですが、最近は誤った価値観や思想の影響もあってか、相性の見極めに失敗しているケースが多くなっている様子です。

 

理由はどうあれ、DVは相性を錯覚、あるいは無視した悲惨な人間関係です。
もしも「心のささやき」をキャッチして違和感に気付き深入りをしなければ、こういう悲劇は起きないかったのでしょうが、これこそ過去世の業なのかもしれません。

 

ちなみにDVの場合は、離婚が最も望ましくなります。余程のことが無い限り、婚姻関係の継続は止めた方がよくなります。

 

尊敬感を欠如し、単に「物を言いやすい相手」「扱いやすい相手」を相性が良いと錯覚しているわけなんですが、意外と多いものです。DVの場合は本当にお気の毒であります。

 

ですがこうした「相性の錯覚」は、悲惨とまでいかなくても「都合のいい女」とか「足代わりにされる」などストレスの多い人間関係となっても出ています。異性間だけでなく、同性の間でも起きているのですね。

 

ですので、こうした危険な人間関係に陥らないために、

 

 

3.「バランス感覚」と「心のささやき」に気付く

 

が大切になってくるわけなのです。

 

「バランス感覚」があり、また自分の「本心のささやき」に気がつくようになると、人間関係でつまづくことが少なくなってくる印象です。相性が良いのか悪いのかも、なんとなく分かるようになってきます。もしも違和感があれば、大人の対処をしていくことですね。
このバランス感覚は人間関係だけでなく、その他のことに関しても適切になってまいります。

 

仏教では、バランス感覚のことを「中庸(ちゅうよう)」といいます。
中庸とはお釈迦さまが言われた大切な姿勢です。

 

経典では、熱心に修行し過ぎる弟子に対して「琴の弦の張り」に喩えてアドバイスしています。琴の弦も張りすぎると切れやすくなり、ゆるすぎると良い音を奏でられないとして、中庸のある張りが良いことをお釈迦さまは言い諭します。

 

仏教の修行はバランス感覚に則って進めていきます。あらゆる点においてです。修行の仕方、心の使い方、心のあり方、全てにおいて中庸を重んじます。

 

八正道の各項目もそうです。五根・五力という修行法は、まさに5つの能力のバランスを整えることの実践です。四如意足もそうです。

 

仏教の柱には「中庸」があるのですね。「中庸」は「心の清らかさ」と深く関係しています。中庸とはバランス感覚です。

 

蛇足ながら、仏教の善悪論には「上手に行うことは善、下手に行うことは悪」といった指摘もあります。
バランスが悪いと物事は大抵、上手にできないものです。心が清まっていないことを別の側面から言った鋭い指摘です。

 

人の能力の優劣には、実はバランス感覚の優劣が根底にあったりします。

 

ですので、「バランス感覚」を養うことと、「心のささやき」を適切にキャッチすることは非常に大切です。
この2つが備わるだけでも、日々の生活も穏やかになっていくと思います。
また人間関係も円滑にゆくようになると思います。

 

多くの方のご相談を受けていますと、

 

1.適度な距離感(人間関係にはまりすぎない)
2.相性を考慮する(相性の悪い方とは深入りしない)
3.「バランス感覚」を養い「心のささやき」に気付く

 

といった仏教的な対処方法が効果的だと思われます。
これら3つに共通するのは「中庸」です。
三番目の「バランス感覚」ですね。一言でいいますと、そうなります。

 

もっとも、中には理不尽としか思えない状況に陥るケースもあります。これこそ前世の業が関与しているのかもしれませんが、通常は上記の3点を考慮しますと、円滑にゆく場合が多い感じがします。

 

ご参考になればと思います。

続きを読む

2012/06/14


幸福になれる二つの道

幸福になれる方法には、2つの道があります。

 

一つは、五感を満たす方法。
もう一つは、五感を満たさない方法。

 

真っ向から対立する関係になっています。
ですが、どちらも幸福感を得ることができます。

 

仏教が提唱する方法とは、五感を満たさない方法です。

 

端的に言いますと、仏教で提唱する幸福とは、「執着を手放す方向性の上に実現される幸福」です。仏教は、執着を手放す方向に進んでいきます。

 

しかし欲望を強く満たすことに慣れ親しんでいる現代人の場合、多くは、執着を手放すことに拒否感や嫌悪感を示します。といいますか、これが文明人の正常な反応です。むしろ、嫌悪を抱く場合は、多くは病的なケースになります。

 

ですので現代人は、仏教の「執着を無くすベクトル」の修行に対して、いろいろな理屈を付けたり理論武装して、欲望を肯定する説を生み出すことも出てきます。

 

こういうのは仕方ないですね。そう思っています。大切なのは、「そういうカラクリで欲望を肯定したいのだ」と喝破することだと思います。

 

現代文明の中で生きていますと、欲望を否定しての生活は成り立ちません。
結局、現代人の場合は、欲望(執着)と欲望(執着)を手放すことの「バランス」が大切になってくると思います。

 

しかし「執着を手放す方向に進む」のが、本来の仏教ということですね。

 

 

執着を手放す生き方
執着を手放すことを続けていると、言語を絶する幸福感を体験するといいます。

 

しかし本格的に執着を手放さなくても、手放すことから得られる幸福感は体験できたりします。しかも意外と簡単に。

 

それは、普段の生活の中で、リラックスして微笑んだ状態になったりすることです。

 

この状態をよく観察していますと、五感が満たされるのとは違って、内側からわき起こる幸せな気分だったりします。落ち着きさを伴いながらも、気持ちが明るくなって幸せな気分になっています。

 

しかも、執着の少ない状態になっています。

 

これが、何らかの対象が無くても、五感を満たさなくても、自然と内部からわき起こる幸福感です。

 

 

五感を満たす幸福感
一方では、五感を満足させて幸福を得る方法もあります。

 

旅行に出かけて刺激のある世界や心やすらかににる風景を見たり、美味しい食べ物や、素晴らしい映像やビジョンを見て幸福感を得る方法。

 

また優れた人物と合って、エネルギーに満ちた感じになる方法。

 

あるいは成功する様や願望をイメージして幸福感を高めるやり方もあります。

 

これらの方法は、五感を満たして幸福感を得る方法ですね。

 

ですが、これら五感を満たす幸福感を得ている時の自分の心を観察していくと、根底に欲望や緊張が渦巻いているのが分かります。欲望を満たして満足しているというか。

 

五感を満たさない方法と、満たす方法との違いは、本質的に異なってきます。

 

 

一方は、執着の無いところから生じる幸福感。
もう一方は、五感を満たすことで得られる幸福感(執着から得られる幸福感)。

 

仏教では、執着を手放すところから得られる幸福感を追及していきます。

 

ですが繰り返しになりますが、現実的なことからいいますと、五感を満たす幸福感も無いと現代人は生きていけませんね。つらくなってしまいます。

 

ですので、「こういうことなんだな」と理解した上で、「執着の無い幸福感」と「執着から得られる幸福感」の両方を実現しながら、なおかつ、無理なく執着の無い幸福感にシフトしていくことだと思います。

 

 

以上のことを整理しますと、次のような言い方もできると思っています。

 

・プラス思考
 執着を得て五感を満たす幸福感

 

・気付きの瞑想
 執着を手放して、心の内側からわき起こる幸福感

 

「幸福になる・幸せになる」ということだけから言えば、2つの道があるということですね。
そして仏教は、執着を手放して幸福を得て、究極的には輪廻の壁も越えて涅槃に至ることを提唱しています。

続きを読む

2012/07/23


ゆる体操で心を明るくする

気持ちが落ち込んだり、うつっぽくなったり、自己批判、自虐的になるメンタリティの方もいらっしゃいます。しかしこういったことはわりと言われやすく、ある意味さんざん言われています。ですのでこういう状態にある方にとって、ネガティブな精神状態にあることを指摘されるのはツライものです。

 

心が落ち込んだり、ネガティブに作用しやすい方におすすめの心を転換する方法があります。
それは体を動かすことです。

 

身体を動かすと、血液やリンパの流れもよくなって、心も快活になっていきます。
心と体は密接な関係があります。体を動かして血行がよくなり、筋肉が柔らかくなることで心も柔軟かる元気を取り戻していきます。

 

おすすめなのは「ゆる体操」です。
高岡英夫さんが指導している誰でもできる体操ですね。
この体操はおすすめです。
心が明るくなります。

 

ゆる体操は、潜在能力の開発に連なる優れた体操です。
ですので、落ち込みやすい方だけでなく、健康悩みのある方、アスリートで成績を伸ばしたい方にもおすすめできます。

 

スポーツや芸術の世界で活躍している方も、こっそりと通って習っている体操です。

 

そうしながら気付きの瞑想も行って、バランス感覚を取り戻すことです。
落ち込みやすい方の場合、リラックスといっても「?沈(こんじん)」といって、深く沈んだ状態になりがちです。リラックスと沈(こんじん)は違います。
※この辺りの違いが認識できるメンタリティになっていく必要があります。

 

体を動かして、心を柔軟かつ元気にさせることが先決です。
瞑想以前に、身体の軽快さ柔軟さは必要です。
身体が硬直していると、心も硬直しがちになります。

 

瞑想以前に必要なことはわりとって、身体の健全性も必要になってきます。
その上で瞑想ができる健全なメンタリティというのが必要にもなってきます。
これらはスパイラルにも進んで心身ともによい状態に変化していきますが、バランスのある心を養っていくことは大切です。

 

時には、自己暗示(アファーメーション)も有効です。
自己暗示、アファーメーションは注射のようなテクニックですね。

 

次回、自己暗示(アファーメーション)について書いてみるかもしれません。

続きを読む

2012/07/24


アファーメーション(自己暗示)の本当の使い方

さて今回はアファーメーションについてです。

 

アファーメーションとは「自己暗示」のことです。
自己暗示。

 

有名ですね。
今ではビジネスセミナーでも広く行われ、ほとんどの人が自己暗示を知っていることでしょう。

 

一般的にアファーメーション(自己暗示)は

 

・願望達成法
・性格改善法

 

といった目的で使用されます。成功術、成功法則、成功哲学として有名ですね。
実は私は成功哲学の長年の信奉者であり実践者でもありました。
しかし何十年にわたる実践と体験の末、成功哲学は言われてるような成功をもたらすことは難しいと言い切れます。このことは理屈の上から言っても「ほぼ不可能」となります。非常に難しいことになります。

 

なぜなら成功哲学とは、人生の傾向を変える作業であり、これを仏教の業報の考え方に照らせば、非常に困難な作業になることが明確に分かるからです。

 

成功哲学・成功法則の中核を成しているのが「アファーメーション(自己暗示)」ですね。
いわゆる

 

プラス思考・ポジティヴ・シンキング

 

というのがアファーメーションの本質です。
また代表的な使い方になってきます。
「人生で成功するイメージを描く」といった感じで使用されることが多いですね。

 

最近ではNLP的な手法も導入されて、五感フルに刺激して、成功する確率を高めようとします。

 

アファーメーション(自己暗示)を使って成功できるのかどうかは別にして、心を転換する方法としては有益です。そして本当の使い方、正しいアファーメーションの使い方とは、まさに「心を転換させる方法」になります。

 

アファーメーション(自己暗示)を使って脳内に成功イメージを描いても、成功できるとは限りません。答えを言ってしまうと、アファーメーションを使って願望実現ができる人は最初から成功する人です。

 

生まれながらに成功できる人があたかもアファーメーション(自己暗示)の効果で成功したかのように錯覚しているだけです。正確にいえば、アファーメーション(自己暗示)で成功要因をよりスムースに発動させているに過ぎません。

 

現世で大成功できない人、人生に困難の多い運命の方は、期待した通りの成功は得られません。
アファーメーションを使って人生に大成功することはできません。このことはこちらで詳しく解説しています

 

話しを戻しまして、アファーメーションは成功術として使うのではなく、心を転換する術として使ったほうがいいでしょう。また「心の転換術」として使用したほうが有益ですし効果も確実に得られます。

 

アファーメーションで心を切り替える

 

アファーメーションは、一種の注射のような効果を発揮します。
心が暗くなったり、どうしてもネガティブな状態を引きずるときは、アファーメーションを使って、心を転換してみましょう。

 

アファーメーションは即効性があります。
何回か自己暗示を続けていれば、心が切り替わっていきます。

 

気付きの瞑想だけでは、心を転換させることが出来ない場合もあります。特に、在家で一般社会の生活を送っていると、出家僧侶の環境とは異なり、ストレスも多く心がざわつくことも少なくありません。

 

気付きの瞑想だけでは、心を転換できない場合もあります。
そういった時は、アファーメーション(自己暗示)を活用しましょう。
大変効果か゛あります。

 

なおしかしアファーメーションは一種の注射のようなものです。
常用していると、心にストレスも与えていきます。
微細な感覚が分かってきますと、アファーメーションのストレスも感じ取ることができるようになります。

 

アファーメーションは多用をしなければ非常に有益な方法です。
心が暗くなったり、落ち込んだり、なかなかネガティブな思いから離れられない時は、アファーメーションを使って自己暗示をかてみましょう。

続きを読む

2012/07/25


自己暗示では成功しない〜クインビーの健康回復法

さてこちらではアファーメーションでを使って成功を勝ち得ることはできないと書きました。
この理由を書いてみましょう。

 

元々、自己暗示(アファーメーション)は健康回復の方法として、アメリカ人のクインビーという医者が発見した方法でした。クインビーの前にもスウェーデンボルグがひな形となるハウツーを発見しています。クインビーはスウェーデンボルグの思想の延長の上に、独自に応用して心理テクニックにしています。※フィニアス・クインビー(Phineas Quimby,1802年2月16日 - 1866年1月16日)

 

クインビーは病気となっている人達には、ネガティブで硬直した思考があることに気付きます。そうして、その極端なマイマス思考を取り外すことで病気を治せることに気づきたわけです。これが病気治療となって、当時のアメリカでは評判になったようです。

 

クインビーの「自己暗示(アファーメーション)で健康を取り戻す方法」の発見は、その後拡大解釈されて成功術・成功哲学へと様変わりしていきます。自己暗示(アファーメーション)の効果は元々、病気治し(健康回復)だったのですが、それが次第に成功術・成功法則として拡大解釈されて、現在ではビジネスセミナーでも「成功する秘訣」としてレクチャーされるほどになってしまいました。

 

自己暗示のカラクリ

 

しかしクインビーの発見というよりも、実は自己暗示(アファーメーション)を使用しなくても人間の身体は元来、健康で有り続けようとするホメオスタシスな機能があります。ですから、健全なメンタリティであるなら自己暗示を使わなくても、自然と健康を回復していきます。

 

人間の体は健康になろうとする働きがあります。ですから強いて自己暗示(アファーメーション)を使う必要はないのです。ですが、ネガティブな考えによって、つまり心因性の疾患となっている場合、自己暗示(アファーメーション)を活用することでスっと健康を元に戻しやすくなるということです。

 

元々健康になりたがったいる身体に対して、ネガティブすぎるストッパー的な思考が効いているため、不健康だったわけです。そこに、背中を押す形で「健康になりましょう」と自己暗示をしてあげれば、健康は回復しやすくなるということです。自己暗示(アファーメーション)は、こういう錯覚の中で出てきた形跡があります。

 

しかしそうはいっても、自己暗示(アファーメーション)は有効です。人は、意識していないとネガティブな考え方し思想に犯されることがあります。ですから健全な考えやマインド設定のために、自己暗示(アファーメーション)を活用することは非常に良いことです。

 

しかし自己暗示(アファーメーション)で人生で大成功するとか、そういう願望成就には効果が無いということです。

 

人間の身体は健康を改善しようという機能がありますので、アファーメーション(自己暗示)をかけてあげれば、加速的に健康は回復していくわけです。

 

「病は気から」といいますが、まさにその通りなわけです。これが自己暗示のカラクリです。願望達成術とか、願望を叶えるノウハウではないということです。元からそうだったのです。

 

キリスト教の恐怖から解放させたクインビー

 

クインビーが生きていた19世紀の時代も、実はアファーメーション(自己暗示)が功を奏してセンセーショナルな扱いを受けた理由になっています。

 

クインビーが活躍した19世紀、アメリカには厳格な教えを奉じるキリスト教・プロテスタント派が多かったことも関係しています。プロテスタント派は原理主義で、キリスト教に厳格で、しかも予定説などの恐怖を募らせる教えも多く、信仰者の多くは、恐怖に取り憑かれていました。

 

当時はキリスト教の教えによって不安を抱いたアメリカ人が多く、一種の恐怖症となっていました。クインビーは、キリスト教の恐怖から解放することに自己暗示(アファーメーション)を使い、その結果、思考が健全化して人々の病気が治っていったわけです。

 

ですから、自己暗示は元々、健康回復(しかもひどく抑圧された状態からの心因性の病気の回復)であったため、効果も顕著であったということです。自己暗示に奇蹟を起こす力は無く、元々、人間が持っているホメオスタシスの機能をより促進させるものだったわけです。

 

繰り返しになりますが、人間の身体は、余程のことが無い限り、自然に回復していく働きがあります。この自然の働きを阻止するのが、ネガティブな思考やマイナス思考なわけです。暗い気持ちになっていれば、病気になるのは当然です。

 

クインビーが病気治療で成功した事例とは、実に、当時の時代背景がかなり作用しています。キリスト教のマイナス思考からの脱却によって健康になったわけです。ですので、何も自己暗示を使わなくても、思考を切り替えるだけでも健康を回復していったことことでしょう。

 

自己暗示で人生に成功することは難しい

 

ただし自己暗示(アファーメーション)は即効性があり、爆発的なパワーもあります。急激に思考を変えるためのテクニックとしては効果がありますし有効です。

 

クインビーが病気治しに成功したのは、自己暗示(アファーメーション)の特徴にあると言っても良いかもしれません。

 

自己暗示を使って自分には無い人生の成功を得ようとしても、実現化はまず可能性が低いでしょう。自己暗示で成功する方は、元々、成功する素因のある方に限られます。人間のホメオスタシーとして回復(良くなろうとする)機能があるのと同じで、成功する運命の人は、自然と成功に向かっていきます。何もアファーメーションや成功法則、成功哲学を実践しなくても成功してしまうわけです。

 

こういった成功要因などの傾向はインド占星術などで分かります。その人の先天的傾向やカルマは分かります。頭脳明晰な人、お金持ちになれる人、仕事で成功する人などの傾向は生まれながらにある程度、決定しています。人は、生まれながらに一生の傾向が決まっています。これはなかなか変えられるものではありません。

 

そして仏教では先天的な傾向は変えない主義です。成長した杉の木は、どこまでも杉の木です。松の木にはなりません。

 

それと同じとして、仏教ではいたずらに個性を変えたり、運命を改善することはしません。またお釈迦さまは運命を強引に変えてしまうとか、運命の変更を願ったりすることとは別の方法を提唱しています。

 

仏教では運命上、大変な幸せを期待する生き方も原則としては推奨していません(増支部経典・第五集・第十八・優婆塞品)

 

仏教では心が受ける反応の仕方を変えて、業(カルマ)を作らず、最終的には涅槃に至る方法を提唱していきます。仏教とはそういう教えと実践になってきます。

続きを読む

2012/07/25